2011年05月31日

Nara ASHURA Girl 奈良の”阿修羅ガール”

Arina Ashura 60 40.jpg

”Nara ASHURA Girl”の誕生!

彼女は、カナダの深い森に囲まれた大きな家に住んでいた。絵を描くのが好きな彼女は、数ヶ月前に夢を見た。
「桜の咲く日本。桜散る日本。私は日本に行きたい!」と、こころの中の叫びはだんだんと大きくなった。

奈良・阿修羅ガールは、この数カ月、日本渡航という自分の夢を実現しようと思って準備した。アートギャラリーの仕事、マンションマネジメントの仕事を引き払い、いざ決断!その時に3.11の大地震と大津波が日本を襲い、東日本が壊滅的な被害を受けた。しかも放射能の問題が引き続いて発生。万事休す!

彼女の決心は、一瞬ひるんだ。
しかし、日本渡航は、自分の夢!自分の使命!自分のアート完成のために、日本が呼んでいる!
彼女は、思い起こした。一生懸命日本語を勉強してきた。日本人の友達もできた。自分の血には、16分の1のアジアの血が流れている。この頬。この目、この体!祖父から聞かされた自分の生い立ち。

彼女は、そして再び決断した。大丈夫!奈良に行こう!自分の運命は、日本の古都で見つけることが出来るだろう!直感的に想った。

彼女には、自信があった。「私にはアートがある!」 
ビル管理のマネジャーとしての成功は、サイドビジネスだった。ビジネス的な成功を捨て、両親の心配を振り切ることができたのは、いつもホンモノを求めてきた彼女の姿勢、熱意だった。

彼女は、カナダを立ち、関空に降りた。既に暗くなったころ、奈良の道を隣の人に聞いた。偶然にも、英語堪能な紳士、ゲストハウスを良く知っている方だった。疑心暗鬼で着いて行った。

彼女は、暗い夜道を宿に着いた。カナダの強力な引力から脱出するロケットのように必死のエネルギーを使い果たしたのだろう。着くと間もなく、疲れ果てて、昏々と寝た。

彼女が、目覚めたとき、思った。
ここは、夢にまで見た瞑想の場所。
新緑の溢れる庭がある。
畳、神棚、書道の部屋、和室。
これは、私が探し求めていた心の空間!

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彼女は、奈良の街並みの中を歩き、新緑と田畑の続く古道を歩き、寺院の醸し出す歴史の長さと柱、石の積み方、瓦、草花。その一つ一つが愛おしくなった。心地よい範囲に広がる奈良の地に、永く住みたいと思った。
公園をさまよいながら家を探した。町屋の並ぶならまち、ゆったりした高畑、自由な鹿が住んでいる奈良公園。これらに包まれて住みたいと思った。

彼女は、東日本大震災を知っていた。チャリティライブが有ることを聞きつけた。自分のアートが役立つのではないかと思った。何枚か描いて、チャリティに出せるか、人に尋ねた。

彼女は、出会った人から「仏像の色、仏像の感覚、仏像のイメージが良く似合う!仏像を書いたらどうか?」

彼女は、描いた。
阿修羅を描いた。
しかし、阿修羅は、描くたびに違った顔を見せた。
描けない!!
阿修羅は、難しい!解らない!なぜだろう?

彼女は、様々な阿修羅を探した。苦悩する阿修羅。何とも言いようのない顔の阿修羅。なぜ彼は、このような顔をしているのか!解からない!わからない!

彼女は、解らない阿修羅のイメージを捜し求めていたとき、「阿修羅のこころに触れる旅」という絵説きの冊子を手にいれた。

そこには、阿修羅は戦の神様であったこと。長い間の戦に心が疲れていたこと。そんなときに、ブッダに諭されて戦闘のむなしさを悟り、懺悔し、仏教の守護神となる物語が描かれていた。彼女は、その一つ一つのこころの動き、表情の変化を深く理解し、心の中に刻んでいった。

彼女は、理解した。
阿修羅の苦悩!
阿修羅の懺悔!

まだ童顔の阿修羅、
見えないものに対する洞察の目、
寄せられた眉間の訴え、
軽く噛まれた唇、
込められた「決心」!

彼女は、やっと描くことができた。
阿修羅の紅く張りつめた表情を。
3つの顔に込められた懺悔のこころの変化を!
タグ:仏像
posted by フェスタマン at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary 日記
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