2014年05月26日

『京終見どころMAP』が完成!

お待たせしました!

『京終見どころMAP』が、3年かけてやっと完成しました!

この3年間、多くの人のご協力のおかげを持ちましての完成です。

京終見どころ案内.jpg

マップ完成のプロセスについて、お話しします。


2011年には、東日本大震災がありました。

町屋ゲストハウスならまちには、海外のお客様に多くお泊まりいただいていましたが、大震災の後は、日本では余震が続き、殆どお客様が来られません。日本全体が不安と、落ち込みで、元気を失っていました。

そこで、音楽好きの仲間と一緒にチャリティコンサートに取り組んで、「みんなで元気だそう!」と、呼びかけました。

そして、何度か京終界隈の仲間と集まって、飲んで喋っているとき、「困った、困った、道案内をしたいのだけれど、この辺りの良い地図がない!」ということに、改めて気づきました。

このようにして、地元”きょうばて界隈”にて地図が欲しいと切に思っている7人が集まりました。こうして『きょうばて界隈MAP』の会が発足しました。

「地図の範囲」は、奈良町の観光地図には載っていない、奈良町の南側、奈良の南玄関口である京終駅の範囲で、東は天理街道、西はやすらぎの道、と決めました。

「使って頂きたい人」は、”京終や紀寺を訪れる観光客”と、ターゲットを絞りました。

最低五千部を刷らないと、みなさんの必要部数に達しません。
そこで、目標を10万円以上、印刷部数は8000部、目標50件以上の掲載を念頭にスタートして、寄付金を募りました。

そこからが大変です。約100件のお店に、何回も足を運んで、マップ掲載の申込書を書いて頂きました。
次は、お店の宣伝文句を考えて頂いたり、校正したり、で、数ヶ月はアットいう間に過ぎて、お試し版の作成まで、約半年が必要でした。
きょうばて界隈には、これまで旅人用の観光地図が有りませんでした。また、手にとって訪れたくなる地図にするというコンセプトを貫くことにしたので、イラスト地図になりました。

それまでは、『きょうばて界隈には、観光マップが無かったことより、多くの商店が期待を込めて寄付をして頂けました。

そうして出来上がったのが、『きょうばて界隈MAP』(初版2012年10月20日)です。

このマップ作成に携わった人と、『きょうばて界隈MAP』の作成に期待する人達で、祝賀会をしました。(2012年12月)

京終・紀寺界隈のみなさんのお陰で出来た、『きょうばて界隈MAP』ですから、これを機会に、みなさんで集まって賑わい作りのために、何かできることはないか?

と、考えた結果、「京終さろん」を始めることになりました。

「京終さろん」のお話は、別途記事を書くことにします。

地図を作り始めてから2年経つと、新しいお店が生まれたり、移転したりで変化が次々出てきました。

初版の印刷物も無くなったのを機会に、『きょうばて界隈MAP』を更に読みやすいものしたいという要望が、自然に出てきました。

駐車場を追加。お持てなしトイレを追加、目次を入れて、見どころを紹介して、・・・・という期待を一杯入れて、裏面の作成を始めました。

更に半年以上のお店周りをして、出来上がったのが、「京終見どころMAP」です(2014年4月24日発行)

ご協力していただいた地域の方、広告を出していただいたお店、たくさんの皆さんにご協力いただきました。有り難うございます!

春の行楽シーズンに合わせて、「京終見どころMAP」の配布が始まりました。

ならまちを歩くなら、南の玄関口、JR京終駅を使ってみて下さい。

お待ちしています。

「京終見どころMAP」を、見てみたいという方は、こちら
「京終http://kyobate-k-map.blogspot.jp/

見どころMAP」を、手に入れたいという方は、町屋ゲストハウスならまち、奈良市観光協会、JR京終駅、などで配布しています。



posted by フェスタマン at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary 日記

2013年12月10日

空海が15才の時、讃岐から「町屋ゲストハウスならまち」の地にやって来た!

空海が、讃岐から佐伯院に来た当時の状況を推定している研究が見つかった。
その名も『空海エンサイクロペディア』
そして、その佐伯院は、五条六坊十三坪にあっただろうと推定されている。
以下は、その抜粋である。


空海は、讃岐の豪族の父、佐伯直田公、母阿刀田氏の間に生まれた。
幼名は真魚(まお)。(774年宝亀5年)

 延暦7年(788)、真魚は平城京に上った。叔父の阿刀大足に伴われ、佐伯家か阿刀家かの誰かが付添い見届けにきていたであろう。才気にあふれていてもまだ15才の少年であった。
 平城京は、4年前の延暦3年(784)に桓武天皇により都が長岡京に遷され、すでに都城ではなくなっていたのだが、まだまだ都の機能を充分に残していた。
 上京した真魚はまず、中央佐伯氏の佐伯今毛人が建てた氏寺の佐伯院にしばらく滞在した。佐伯院は平城京5条6坊にあった。

平城京と佐伯院 五条六坊13坪.jpg

 佐伯院の敷地は、以上のように、左京の五条六坊の十一〜十四坪と五条七坊の四坪にわたっており、その総面積は、道路敷地をのぞいて六町二段二十歩(一八六二〇坪)であった。

 この広い敷地のどこに佐伯院の主な堂宇が建立されたのかは明確にしがたい。
 延喜五年の「佐伯附属状」には、

 五間檜皮葺堂舎壱宇 金色薬師丈六像壱躯 同色脇士日光月光菩薩弐躯
 檀相十一面観音像壱躯

と記載されている。

 右の堂宇は創建当時のもので、佐伯院の金堂であったと思考される。佐伯院は奈良市木辻町西辺に位置していたことは確かであるけれども、金堂すらが瓦葺ではなかったとすれば、遺瓦にもとづいて主要堂宇の所在地を究明することは望みがたい。この辺は人家がたてこんでいるから、よほど徹底した発掘調査によらぬかぎり、遺跡の上から所在地を決定することはむつかしいであろう。しかし条坊の実際から推定すると、その主な堂宇は、五条六坊の十三坪の一画に存したとみる可能性が多いのである。

佐伯院跡.jpg

<図2>は、奈良文研の千田さんが作ってくれた「5条6坊」の平城京復元図と現況を照合した図である。1から16までの区画が「5条6坊」で、この図では佐伯院は「5の坪」に見える。「5条6坊」の全区画は約530m四方で、南側を東西に「五条大路」が、西側を南北に「五坊大路」が通じている。
(注1)

佐伯院跡の地図.jpg

そして、奈良時代MAP(光村推古書院:新創社編)平城京地図No.07には、嬉しいことに、”ゲストハウスならまち”の地所は、佐伯院の広大な地所に重なっています。

ほんとうにビックリして、興奮して、その日は寝られませんでした。

注1:<<空海エンサイクロペディア 007 平城京の寄宿先「佐伯院」>>より抜粋
http://www.mikkyo21f.gr.jp/kukai-life/test/post-113.html
タグ:空海
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2013年11月24日

秋の奈良公園 

春日野園地は、少女の好きな散歩コースです

20131123061秋色の大仏殿.JPG

20131123081お散歩.JPG

20131123 011まっ紅っ紅です.JPG

わっ! まっかっかのもみぢ!

朱色のもみぢ! きれい!

広い公園・・・・・

青い空・・・・・・

少女は、走りたくなりました!

そして、近くに来た鹿に話しかけます。

20131123041お話ししませんか?.JPG

 「鹿さん、・・・
  鹿さん、・・・
  お話ししませんか?」

 「あっ!
  こっちを向いてくれたわね!
  あなた、お話しできるの?」

 「ここまでおいで!」

少女は、鹿さんとお話しできたようです!!
タグ:四季
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2013年04月06日

支局長からの手紙 京終のゲストハウス

丁度、東大寺二月堂の修二会(お水取り)の最中に、毎日新聞の方が来られて、ゲストハウスのお話しを聞かせて欲しいということで、取材を受けました。

定年の5年前から、ゲストハウスの準備を始めていたこと。
娘の喫茶店に来るお客様を観光地に案内している内に、英語に親しんできたこと。
生まれの香川県さぬき市では、四国のお遍路さんに毎日お接待する家庭に育ったこと。
などが、今のゲストハウスに繋がっていると、思います。

そして、お客様は”世界を遍路する旅人”と思っているので、ゲストハウスの看板には、お遍路さんを描いています。
また、英語を喋ることは苦手でしたが、世界の人々をお迎えして喜んで頂けるという歓びの方が大きいこと。
2010年は、平城遷都1300年祭りで無我夢中で始めました。
2011年は、3.11の東日本大震災に泣き、より多くのお客様に来ていただける工夫を充実しました。
2012年は、迷われているお客様のためにきょうばて界隈地図作りました。
そして、2013年は、京終・紀寺という地域をもっと知りたいので、”京終さろん”に挑戦中です。

などをお話しした結果、たくさん書いていただきました。
<<平成25年3月24日 毎日新聞奈良版に掲載>>

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2013年01月22日

Carving of Japanese Armor

There are many artists in Kyobate Town (around Guesthouse Naramachi).
I'll introduce an artist who has special Japanese carving.
Mr. Shinsuke Tokura has a good skill for Japanese carving.
You can see a Japanese armor which was made by him.
You can see these technique in 3 min walk from our guesthouse.

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タグ:Kyobate
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2012年12月14日

A Shining Biwa, The Treasure of Guesthouse Naramachi

11弟64回正倉院展 螺鈿五弦琵琶.JPG

It is the biwa of four strings which are said for Emperor Shomu to have used regularly.
The Emperor's treasure (mother-of-pearl red sandalwood biwa) was again born as shining paper-cutting by Mr. Kosuke Nishimura.

12ゲストハウスの宝物 切り絵 螺鈿五弦琵琶.JPG

And the paper-cutting of the biwa is shining by the back light in the lobby of the guesthouse.
It shines also with blue also green.
And it continues shining also with white with red.
Backlit paper-cutting like this kaleidoscope was given by my friend NA.

10切り絵螺鈿五弦琵琶LED緑青.JPG

今年の正倉院展の四弦の琵琶は聖武天皇が愛用したものです。
天皇の宝物(螺鈿紫檀琵琶)が、西村幸祐先生によって、輝く切り絵に生まれ変わりました。
そして、琵琶の切り絵は、バックライトによって、ゲストハウスのロビーで輝いています。
青、緑、そして、赤、白と、輝き続けています。
この万華鏡のようなバックライト付きの切り絵は、友人NHさんからのプレゼントです。
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2012年10月07日

飛鳥神社の宵宮2012  Eve 2012 of Asuka Shrine 

今年も秋祭りがやって来た!
祭りの宵は、笑顔が一杯!

The autumn festival has come!
The evening of a festival is full of a smiling face!
002祭りの夜は楽しくて!.jpg

親子で故郷の神社にお参りします。
Children with their parents pray at the shrine.
001飛鳥神社宵宮.jpg

子供達は金魚すくいに夢中です!
Children are absorbed in scooping goldfish!
003金魚すくい.jpg

私には、綿菓子よりもビール髭(バーバパパ)が似合うようです!
It seems that a beer mustache (Barbe à papa) suits me rather than cotton candy.

005綿菓子はバーバパパ.jpg


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2012年09月23日

Sound from Liriope Muscari

ヤブランから虫の声 

ほらっ ♪ 虫の音が・・・ ♪ あなたの周りでいくつ聴こえますか? 

How many sounds do you heard from your garden!

中庭のヤブラン.JPG

ゲストハウスの庭は、今、藪欄(ヤブラン)が見頃です。
その周りから、夕方になるとエンマコオロギと、カネタタキの合奏がきこえ初めます!
奈良町を歩くと、どこからかスズムシの音が・・・

奈良町には、お寺や神社が多くあります。そして、町屋には坪庭があります。
小さな秋の訪れ、夜毎の秋の深まりを、
虫と音共に、感じてみませんか?

http://www.facebook.com/media/set/?set=a.424968900883773.88586.283378108376187&type=3&l=9865920be5
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2012年08月13日

Tokae (燈花会)& event of the Bon Festival (お盆の行事)in Nara

「奈良に来ると、いつもこころが癒されます。」と、お客様がつぶやきます。
IMG_9967.JPG

奈良の町並み、風景は、数百年をやすやすとタイムスリップできる、大切なものを教えてくれます。
002浮雲園地.JPG

奈良には、私達が置き去りにしてきた「祈り」があります。
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手を合わせると、「大丈夫ですよ。あなたの願いは叶えてあげましょう。」と、奈良の大仏様の手が、教えてくれます。

広い芝生の公園で、鹿と触れ合うと、こころが優しくなれます。



「なら燈花会」 
 8月5日〜8月14日 7pm〜9:45pm
この夏も、奈良公園一帯に敷き詰められた「ろうそくの花:(燈花)」が、お客様をお待ちしております。

「春日大社 中元万燈籠」
 8月14日、15日  6:30pm〜9:30pm
参道の石灯籠から回廊の吊り灯籠まで、3000基の全灯籠に火が灯ります。
幻想的な王朝絵巻の雰囲気を、お楽しみ下さい。

「東大寺 万灯供養会」
8月15日      7pm〜10pm
2500基の灯籠が並ぶ参道から、大仏様の正面のお顔を参拝できます。
荘厳な祈りの空間を体験できます。        
タグ:Nara Park
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2012年02月19日

JR京終は前乗ワンマン電車です! Get off from driver side door please!

JR京終駅では前乗ワンマン電車が走っています!!

ご注意、後ろ車両のドアは、開きません!!


When you take JR-line train to Kyobate st. please make sure to stay on the first car. Because sometimes that is an only car you can get off from.

JRきょうばて駅.JPG

万葉まほろば線は、JR奈良駅から京終、帯解、櫟本とたくさんの無人駅を通りながら桜井経由で王子まで通じています。

「2両ワンマン」電車.jpg

万葉このまほろま線は、乗降客が少ないこともあり、前乗りワンマン電車が走っています。

前乗りであることに気が付かないで、帯解駅まで行き、帰ってくるお客様も時々おられます。

一時間に1〜2本の電車ですから、のんびりと窓の景色が見られると喜んでいると、ついつい、「奈良駅から1駅だのに1時間かかってしまった!」ということも。

前車両しか開かない2両編成電車.jpg

JR京終は前乗ワンマン電車です!!

運転手の近くで乗り降りしてくださいね。

posted by フェスタマン at 00:41| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary 日記

2011年11月27日

・・柿・・柿・・柿・・柿・・

柿の皮 皮 皮.jpg

これはなんだ?

”ゲストハウスならまち”のご近所、女人裸形阿弥陀仏の寺『l珹寺』で見つけた不思議なチップ!

20111126 柿柿柿1.jpg

・・柿・・柿・・柿・・

私:「良いお天気ですね!干し柿の写真撮らせてもらっていいですか?」

住職さん:「今年は、甘い柿がこんなにできまして、みなさんと干し柿を作ったところです!
お一つ、如何ですか?」

私:「ありがとうございます!」

ご近所同士の会話が続きます。

20111126 私の柿さん甘くなってね.jpg


「私の柿さん甘くなってね!」

一人で遊んでいた女の子が、そうつぶやいているような気がします。
posted by フェスタマン at 00:24| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary 日記

2011年11月09日

Tea Gathering 24th Nov. at Guesthouse Naramachi

案内状11月24日ゲストハウス茶会.pdf

町屋ゲストハウスならまちでは、、築100年の町屋空間を堪能して頂けるよう、お茶会を定期的に行っています。
今回は、4回目のお茶会で、咲き始めたピンクの山茶花がお迎えしてくれます。
お庭を見ながら、晩秋の一日をお楽しみ下さい。


いつ  11月24日 1時〜4時
どこで 町屋ゲストハウスならまち
     奈良市北京終町30番地
     市内循環バス「北京終町」下車 交差点を南に3軒目
申込先 0742-87-0522
    info@nara-naramachi.com
いくら 1000円
    ”町屋ゲストハウスならまち”にお泊りの方は、500円で参加できます。


20111109 今年の山茶花は可愛いいピンク.jpg



案内状11月24日ゲストハウス茶会.pdf

20111109 今年の一番咲き山茶花.jpg

案内状11月24日ゲストハウス茶会.pdf
posted by フェスタマン at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary 日記

2011年08月16日

Naramachi in Summer

When I walked Naramachi (Old town in Nara ) a few days ago, I heard a melody of accordion in front of Nara-Monogatari-Kan.

20110807 奈良物語館はカクテルバーに.jpg

Many customers gathered and had been listened to the old songs.

The old merchant house had been changed to a cocktail-bar only one night.

I found my friend. He is a bartender.

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20110807 今夜だけのスペシャルカクテル.jpg

I ordered to him a cocktail. It's dry, cool, non-sweet.

He shaked some alcohol, and he put a peppermint leaf on the liquid, .

I asked him the name of the milky green cocktail

He answerd " It's has no name yet! "

I felt cool wind when I heard his answer.
posted by フェスタマン at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary 日記

2011年07月06日

日本人!こりゃいかんぜよ!

学校の先生をしている中国人が、中学生の子供と一緒に夏休みの旅行をしている。

20年ぶりに日本に来た。
素晴らしい日本を子供に教えようと思ったが、がっかりの連続だと、嘆いている。

しかし暑い!.jpg

その1)
先生曰く
電車の中で老人を見かけたとき、スッと自然に立ち上がり席を譲ったのは、日本人の学生ではなく、自分の子供だけだった!日本の若者は、目も心も携帯にくぎ付け!どうなっているの?日本の教育は!」と嘆かれた。

残念だが現実。こりゃいかんぜよ!

その2)
先生曰く
先端技術の日本で携帯電話を買おうとした。20分待って、英語を喋れる店員がやっと対応してくれた。『すみません海外の方はお買い求めできません!』。何ということか?と嘆かれた。」

残念だが現実のようだ。こりゃいかんぜよ!


その3)
先生曰く
「旅の都合でドルを円に両替しようとしたら、銀行しか両替できないという。しかもパスポートが必要。高額商品が欲しくなり、も一度両替に行くと3時で銀行は閉まっている。両替がこんなに不便なのは、日本だけ!外国人にお金を使わせたくないのじゃない?と皮肉の一つも言いたい!」と。

観光立国日本??こりゃいかんぜよ!


その4)
先生曰く
「日本の子供達は、いつでもどこでもテレビにゲーム。日曜日でさえ公園や、山、自然環境の中で見かけることはほとんどない!!なぜ親は、子供たちを素晴らしい日本の自然環境の中に連れて行かないの?親は何を考えているの??」
こりゃいかんぜよ!


その5)
先生曰く
「日本人は、経済がこんなに発展しているのに、たくさん休みを取って旅行に行かないのはなぜ?何のために働いているの?家族と一緒に旅行して楽しく過ごすためじゃないの?」

海外の旅行者は、異口同音にそうおっしゃいます。

こりゃいかんぜよ、日本人!


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タグ:外国人の目
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2011年06月20日

Make Japanese Stamp

The story of ” Making Japanese Stamp”.

ハンコ - Google 検索.jpg

She got a new job 2 months after she came to Japan from Canada.
She needs a stamp and a bankbook for having a budget account.
So, dive into a stamp shop, and order a stamp.
She said "Hanko wo, Tsukutte Kudasai please!"

Then, the clerk of the shop said " Please go to the bank first. Let's make your stamp which the bank recognize OK."
(Perhaps the clerk had no experience of making the stamp for foreigners, so the clerk said kindly.)

So she went to the bank and ask “How should I make my stamp face?”
Bank clerk answered with smile "Everything! Your favorite stamp face are OK, if we can see your family name or full name."

She went to the shop again.
And she selected the words in katakana "バラノバ(Baranova)" and ordered a stamp.

After a few days, she went to the stamp shop.
Her stamp has been made already.
She spend 1000 yen for the stamp.
She back to her house and was flying high.
Now, I can get the Japanese culture symbol “HANKO(Stamp)”.

So glad she felt , she want to showed it to her friends.
But they couldn’t pronounce her family name correctly when they saw the stamp. They pronounced “Nobabara”, and not to say Baranova. (Stamp No.3)
Why? She couldn’t understand.

スタンプ事件のスタンプ.jpg

So, she went to the stamp shop again.
And She said “I want change the stamp. Because all my friends pronounced “NOBABARA.”. Please make new one which my friends can pronounce “BARANOVA”".
She selected the words in katakana "バラノバ(Baranova)" and allayed holizontaly. She ordered next stamp. (Stamp No.4)

Stamp shop made new one for her.
The clerk thought that the stamp for Gaijin is very difficult!

After several days, she went to the shop again and get her new stamp. The clerk was cranky.
She couldn’t understand why is cranky, and don’t accept the money for new stamp.

The dog began to bark loudly when he felt strange and scare. Words were exchanged over the money with Gaijin and the clerk.

The Canadian girl confused and embarrassed completely.

************************************
A sequel to the story

When we make an official stamp of four letters, Japanese “Hanko”(Stamp) shop array 4 character from "upper right, lower right, upper left, bottom left".
But friends of Canadian girl are all young. They are familiar with characters such as mobile phones and PCs. Those are all arrayed horizontally.

Newspapers, many books, official documents, and novels are written vertically. It is also obvious that a stamp character is written vertically in Japan.

Therefore,
I explained to her that, the calligraphy ,traditional letters have been written vertically in Japan.
We have two ways to write characters and the vertical way is used as the official stamp.

Finally, she understands the culture crash.
Her face become smiling as usual.
I hope she’ll get a bank account today.
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2011年06月09日

Ashura U 阿修羅のこころ

画像-0667.jpg

「阿修羅!  おまえは、何時までも、そうしていなさい!」

愛しくてたまらない吾子を想い、困り果てた母親が、子供を突き放す言葉。


それを、聞いた時、幼子は

下くちびるを少し噛み

眉間に縦のしわを寄せ

お母さんに怒られたとき

悪い事をしたと解かったとき

困った自分を、どうしようもなく

お母さんを半分だけ見上げ

残りの半分は、自分の汚れたこころの中を捜している

そんなこころは、みんな持っている

だから、向かって左側の阿修羅は自分の幼い顔


右側の阿修羅さんは思春期

お母さん、解かっているよ

でも、どうしようもないんだよ

この気持ち

解かってよ

自分で考えたことだから

私は、私なんだから

お母さんとは違う私があるんだから

目は少し中に寄り、焦点は近く、遠く

こころの中と現実のはざまを彷徨い

彷徨いながらも、

見えかけた光、見えかけた自分を

見つめようとしている


そして、正面の阿修羅

真っ直ぐに向かう方向を見定め

眉間の迷いは消え、

こころの中深く固まって来たきた確信を見つめ

自分の将来を見据える眼差し


それでも、それでも、

3つの顔、3つのこころは

自分の心の中で、立ち止まる度に、繰り返される



何処から見ても、何時見ても、

自分の心の中の顔


目をくぎ付けにし

問いかけ

反省を呼び起こさせ

目を覚まさせ

こころの内面を素直に見つめさせてくれる

そのような仏像を、

他には知らない


(写真は、阿修羅の絵はがきより)

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2011年05月31日

Nara ASHURA Girl 奈良の”阿修羅ガール”

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”Nara ASHURA Girl”の誕生!

彼女は、カナダの深い森に囲まれた大きな家に住んでいた。絵を描くのが好きな彼女は、数ヶ月前に夢を見た。
「桜の咲く日本。桜散る日本。私は日本に行きたい!」と、こころの中の叫びはだんだんと大きくなった。

奈良・阿修羅ガールは、この数カ月、日本渡航という自分の夢を実現しようと思って準備した。アートギャラリーの仕事、マンションマネジメントの仕事を引き払い、いざ決断!その時に3.11の大地震と大津波が日本を襲い、東日本が壊滅的な被害を受けた。しかも放射能の問題が引き続いて発生。万事休す!

彼女の決心は、一瞬ひるんだ。
しかし、日本渡航は、自分の夢!自分の使命!自分のアート完成のために、日本が呼んでいる!
彼女は、思い起こした。一生懸命日本語を勉強してきた。日本人の友達もできた。自分の血には、16分の1のアジアの血が流れている。この頬。この目、この体!祖父から聞かされた自分の生い立ち。

彼女は、そして再び決断した。大丈夫!奈良に行こう!自分の運命は、日本の古都で見つけることが出来るだろう!直感的に想った。

彼女には、自信があった。「私にはアートがある!」 
ビル管理のマネジャーとしての成功は、サイドビジネスだった。ビジネス的な成功を捨て、両親の心配を振り切ることができたのは、いつもホンモノを求めてきた彼女の姿勢、熱意だった。

彼女は、カナダを立ち、関空に降りた。既に暗くなったころ、奈良の道を隣の人に聞いた。偶然にも、英語堪能な紳士、ゲストハウスを良く知っている方だった。疑心暗鬼で着いて行った。

彼女は、暗い夜道を宿に着いた。カナダの強力な引力から脱出するロケットのように必死のエネルギーを使い果たしたのだろう。着くと間もなく、疲れ果てて、昏々と寝た。

彼女が、目覚めたとき、思った。
ここは、夢にまで見た瞑想の場所。
新緑の溢れる庭がある。
畳、神棚、書道の部屋、和室。
これは、私が探し求めていた心の空間!

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彼女は、奈良の街並みの中を歩き、新緑と田畑の続く古道を歩き、寺院の醸し出す歴史の長さと柱、石の積み方、瓦、草花。その一つ一つが愛おしくなった。心地よい範囲に広がる奈良の地に、永く住みたいと思った。
公園をさまよいながら家を探した。町屋の並ぶならまち、ゆったりした高畑、自由な鹿が住んでいる奈良公園。これらに包まれて住みたいと思った。

彼女は、東日本大震災を知っていた。チャリティライブが有ることを聞きつけた。自分のアートが役立つのではないかと思った。何枚か描いて、チャリティに出せるか、人に尋ねた。

彼女は、出会った人から「仏像の色、仏像の感覚、仏像のイメージが良く似合う!仏像を書いたらどうか?」

彼女は、描いた。
阿修羅を描いた。
しかし、阿修羅は、描くたびに違った顔を見せた。
描けない!!
阿修羅は、難しい!解らない!なぜだろう?

彼女は、様々な阿修羅を探した。苦悩する阿修羅。何とも言いようのない顔の阿修羅。なぜ彼は、このような顔をしているのか!解からない!わからない!

彼女は、解らない阿修羅のイメージを捜し求めていたとき、「阿修羅のこころに触れる旅」という絵説きの冊子を手にいれた。

そこには、阿修羅は戦の神様であったこと。長い間の戦に心が疲れていたこと。そんなときに、ブッダに諭されて戦闘のむなしさを悟り、懺悔し、仏教の守護神となる物語が描かれていた。彼女は、その一つ一つのこころの動き、表情の変化を深く理解し、心の中に刻んでいった。

彼女は、理解した。
阿修羅の苦悩!
阿修羅の懺悔!

まだ童顔の阿修羅、
見えないものに対する洞察の目、
寄せられた眉間の訴え、
軽く噛まれた唇、
込められた「決心」!

彼女は、やっと描くことができた。
阿修羅の紅く張りつめた表情を。
3つの顔に込められた懺悔のこころの変化を!
タグ:仏像
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2011年02月21日

二月堂お水取り、竹送りの行事に参加

20110213 仁伸会 竹の奉納 .jpg

東大寺二月堂の「お水取り」は、3月1日から2週間行われます。

「お水取り」には、大松明が使われますが、それには巨大な根付きの竹が必要となります。

根付きの竹の大きさは、長さが8メートル余りで、重さは70kgもあります。


今年は、縁有って、毎年根付きの大竹を沢山二月堂に奉納している「仁伸会」の皆さんのお手伝いをする機会に恵まれました。

大雪の翌日で、滑りやすく、時々雪の塊が落ちてくる竹藪から、根付きの大竹を掘り出す作業です。切り出すのではなく、掘り出すのですから、大変です。

掘ったときには、100kg以上は十分有るでしょう。4人がかりで数十分かけて一本ずつ掘り、運び出します。

そして、綺麗に拭き上げ、根っ子部分を50cm程度のボール状に仕上げます。
沢山の石を噛みこんでいる竹の根は容易には形が作れません。

私たちは慣れないボランティアのメンバーでしたが、少しはお手伝いができたと思います。

2日をかけた作業の結果、「仁伸会」グループに同行して20本の大竹を奉納することができました。

毎年、極寒の時期に行われるお水取り。今年で1260回目となる行事について、概要をお話しして、日本はもちろん、スイスや台湾からのお客様にも参加を呼び掛け、重い竹を担いで頂きました。

竹の奉納 by Michel.jpg

「仁伸会」による根付き大竹の奉納は、竹を仕事にしていた何代も前の祖先から受け継いで続けているとのこと。


今年のお水取りは、私達の奉納してきた大松明も使われます。

沢山のお客様に、見て欲しいですね。

当日の「竹送りの行事」は、毎日新聞にも掲載されました。

20110216 毎日新聞.pdf
タグ:3月 伝統行事
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2011年01月29日

Colombia Students in Nara 2

03 奈良・本物の力.jpg

Mainichi Newspaper 26th January 2011

Grass-roots Diplomacy

Recently, there are many Guesthouses (budget accommodation) sprouting up Nara City.


“ Guesthouse Naramachi “In Kita-Kyobate Cho is one of them.

This house was built in Taisho period( 1912-1926 ) as a merchant house.
It was renovated as a guesthouse in the classic Taisho period style.

There is a little Japanese style garden and Kura(traditional storage building), which is popular among foreign travelers.

Lobby at the entrance has become a meeting place for travelers and locals.

The owner Shunju Anzai is a retired engineer from "SHARP" corporation.

Spending retirement money, he opened it in the end of the year 2009.

Since then, guests from fifty countries around the world have visited!

Four students and their teacher from Japanese language school in Colombia in South America came to stay the other day.

They planned to travel through Japan for one and a half months staying at cheap hotels.

The teacher, whose name is Ninferr is a beautiful lady speaking fluent Japanese.

I happened to guide the group to the workshop of a lacquer master in Nara called Tarui.

In Nara, they revived lacquer techniques which were used for the imperial treasures of Shosoin(built in 8th century) in the Meiji period.

They make Raden, beautiful Japanese lacquer-ware with the same technique still.

The students were listening into the description by the master Tarui, even with the tears of joy at the end.

It made a big impact on their minds to feel the deep part of the old Japanese tradition.

After that we went to a bar nearby for a drink leaving the under-age students.

Blue-collar gentlemen who found it rare to meet them kept offering us drinks and food, and speaking to us.

The bar turned into a Latin atmosphere.

Until now, I never even cared where Colombia is, but suddenly it started seeming familiar.

Though the country has continuous civil war, I really wish peace for Colombia, and I would never want to have a war against them.

To commune by exchanging culture with other people.

That is the foundation of peace, grass-roots diplomacy.

Also, they would never forget Nara. It’s necessary to have a community place where tourists can commune with local people rather than sightseeing where you just walk through the sites.
May there be true prosperity for this “Machi”
At the end I was convinced that it’s not a "luxury hotel" which brings that.


ならまち暮らし 寮美千子110126.pdf
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2011年01月28日

コロンビア学生の奈良体験 1日目

数ヶ月前に、コロンビアで日本語を教えている日西学院から、「ゲストハウスならまち」に宿泊したいというメールが入った。彼らは日本が好きで、良く日本を修学旅行をしているようだ。約1か月前から日本に来て、札幌、東京、京都、奈良、広島、博多と旅を続けている。

先日、奈良に来られて最初にお聞きしたのは、「奈良では、普通の観光地を回るだけではなく、今の日本、本物の日本が感じられる体験をしてみたいので、よろしくお願いします」という校長先生の言葉だった。

そこで、毎日校長先生とお話ししながら、次のような体験をして頂いた。
1月16日午前:「西大寺の大茶盛り」
     午後:東大寺前の土産物屋さんで日本刀(高級玩具)を購入
彼らの日本旅行の最大の目的の一つ。
本物と同じ重さ日本刀を持ち、武士になってみたいと思ったようだ。

日本刀のお土産を買い込んだ学生は、ゲストハウスに帰ってきても満足感一杯で興奮している。
その気持ちを大切にして記念写真を撮ってあげようと思って、作務衣と浴衣の帯でにわか侍に着付をした。
二刀流が何かも判らないのだろう、刀持ち方が、どうも様にならない。
そこで、私の拙い知識なのだが、時代劇や剣道の時間を思い出しながら、上段の構え、正眼の構え、などの解説をした。
彼らは、見事に二刀流のポーズを決めることができた。


01 日本刀を買うために奈良に来た!!そして満足!!.jpg


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